Tale of Amethyst(3)

***Side M***

暗くした部屋の壁にぼうっと浮かぶのは隙間なく寄り添うふたつの人影。
衛はリビングで昂輝の手に握らせていた小箱を昂輝に開けさせ、『本当の誕生日プレゼント』を手渡していた。
昂輝の長くなった金糸の髪を耳にかけ、開いているピアスホールに一度口づけてから、そのプレゼントをつける。

『Tale of Amethyst』

通りかかった宝石店で見つけたその石のピアスにはそんな名前がついていて、衛はそのロマンチックな響きに惹かれた。
そしてなにより、この紫色の水晶を昂輝がつけていてくれたら、衛はそれを見るたびに幸せになれそうな気がした。
『いつも俺を感じていて』なんて口に出すのは恥ずかしいけれど、ピアスならいつもつけていてもらえる。
衛は片耳ずつ差しだしてくれる昂輝の耳もとを大切な宝物でも扱うようにして触ると、つけ終わったピアスにも自分の証を刻みつけるように口づけた。

「よく、似合ってる。」
「…そうか?それなら嬉しいんだが。」
「鏡、持ってくる?」
「……いい。衛の目で見るから。」

一瞬、その言葉がどういう意味か分からず衛が昂輝を見つめると、昂輝もじっと衛を見つめて、くすりと笑った。

「俺は…衛が俺を見てくれているのを、その目のなかに見るのが好きなんだ。」

相変わらず、大変なことをさらっと言う人だと想いながら、衛は「ありがとう。」と照れ笑って、昂輝を胸元に抱き寄せる。
大人しく腕におさまった昂輝からはとてもいい匂いがしていて、体温も心なしか高く感じられて、衛の胸は否応なく高鳴った。
何度抱いても、昂輝は穢れることを知らない。
もちろん、これはいい意味での穢れない、なのだけれど、昂輝は抱くたびにまるで花が開くように綺麗になっていく。
その姿を見れば見るほど、衛の心はかき乱されて、どうしてもこの人を手に入れたままでいたいと願わずにはいられなくなっていた。
――一生かけても、見つからなかったかもしれない人――それが衛にとっての昂輝だ。
衛を欲しいと言ってそばに置き、たとえ想いが枯れたとしても、捨てたりしないと言ってくれた人。
そんな言葉が欲しくて花冠を渡したわけではないけれど、それでもどこかでその言葉が欲しかった自分がいるのかもしれない。

「さっきは、試すようなことしてごめんね。」

衛がそろりと昂輝をベッドに寝かせながら呟けば、昂輝は不思議そうな顔をしてこちらを見上げてくる。
こんな些細な目線ですら、枯れようのない色香を潜ませて衛の心と熱情を煽ってくるから、困りものだ。
衛は下から頬に伸ばされた手を受け止めて、その手を自分の頬に添えると、倒れ込むように昂輝の身体を強く抱きしめた。
たとえ衛がどんなことをしても、昂輝はこうやって自分から手を伸ばしてくれる。
それに甘える気持ちなんてひとつもないけれど、それでもこんな夜は心の奥底から滲み出る甘えに抗うのは難しかった。

「…今夜は、離せないかも。」
「……っ。」

答える隙を与えず、昂輝のくちびるを奪い、衛は昂輝のパジャマの裾から不器用で器用な手を忍び込ませる。
昂輝の腹筋を撫でるように手を何度か往復させると、昂輝の小さな喘ぎが聴こえて、身体がぴくりと跳ねた。
相変わらずのなめらかな肌に、吸いつくような手触りは衛の情動を煽るばかりで、抑えることにはまったく役立たない。
衛は薄く開いた昂輝のくちびるに舌を這わせると、中に入れてほしいとねだるように、キスを繰り返した。

「んっ。衛…っ。」

自分の名前を呼ぶ声にじんとした痺れを感じながら、衛は昂輝の頬に自分の頬を擦り寄せる。
パジャマに忍び込ませた指先は、昂輝の肋骨に触れ、やがて左手の親指が昂輝の胸にある核心に触れた。
ぷつりと起っているそこは熱くなった肌にそそのかされるように、その存在を衛に示している。
衛は昂輝の乳首を優しくこねると、色づいた部分ごとつまみあげて、人差し指の爪先で刺激した。

「んっあ…っ。」

身体をのけぞらせる昂輝とくちびるは繋げたまま、味わうような舌使いで、昂輝の舌を絡めとる。
触れ合せた舌先で遊ぶように昂輝の舌を舐め、ざらついたやわらかな感触を思いのままに楽しんだ。
昂輝の閉じきれないくちびるの端から、衛の手渡した唾液が零れおちる。
それを丁寧に舐めとりながら、昂輝の喉もとに軽く歯を立てて、衛はちゅっと音がするキスを落とした。

「コウくん、好き。好きだよ。」

余裕のない囁きに頷くだけで答える昂輝の身体から着ているパジャマを脱がせ、衛はその素肌に手のひらを彷徨わせる。
何度触っても飽きない身体を撫でまわしながら、衛は繋いでいたくちびるをほどくと、手早く自分の服を脱いでいった。
お互いに一糸まとわぬ姿になったことを少し恥ずかしく想いながら、衛は掛け布団を背中に纏って、昂輝に覆いかぶさる。
ぬくぬくとした羽毛布団の下で、衛が昂輝の額にかかる髪をかきあげると、昂輝は驚いた目で衛を見上げていた。

「…衛っ!」
「だって、コウくんに風邪、ひかせられないから。」
「だからって……ぅんっ!!!」

温かい鼓動を聴くように、昂輝の胸に耳を当てて心臓の音をたどりながら、衛は裸身の昂輝を抱きしめる。
目の前にある肌にくちびるをつけ、衛はちろりとそこを舐めると、左の胸にある乳首にちゅっと吸いついた。
びくりと跳ねた身体を押さえつけ、衛は昂輝の名前を呼ぶ。
そのたびにくわえた胸の実に振動が伝わって、果実の熟す音とこらえきれない吐息が漏れるのが聴こえた。

「コウくん。」
「…っ…ん。」
「ここも触っていい?」

わき腹に手を這わせ、輪郭を辿った先にあるのは衛を求めてすでにゆるく勃ちあがっている花芯だ。
衛はそれを丁寧に握りこみ、昂輝がきつくなりすぎない程度に長い指で擦りあげると、昂輝の声を封じるようにキスをした。
――まだ、この声はあとにとっておきたい。
手のひらをうっすらと濡らすぬめりを利用して、衛が昂輝を可愛がれば、昂輝は衛のくちびるから逃げようとする。
それが自然な反応だと分かっていても、衛はそれが嫌で、昂輝を逃さないよう昂輝の頭を大きな手で固定した。

「逃げないで。」

くちびるを離して衛が昂輝を見つめると、薄い塩水の膜に濡れた昂輝の目が瞬く。
ぱちぱちと水滴を弾くまつ毛は、どんな暗闇の中でも輝くブルーサファイアの瞳を彩って、衛の目には美しく映った。
この綺麗すぎる存在を、もっと自分のものにしてしまうにはどうしたらいいだろう。
どれだけ抱きしめても、隙間をなくしても、それでもまだ昂輝が足りない。
そんな風に想ってしまうのは、好きになり過ぎた罪か、求め過ぎた罰か。
分からないまま、衛は昂輝の頬へ口づけて、さっき自らの手で昂輝の耳につけたピアスにも口づけた。
舌先に触れた冷たい感触に誘われるように、衛が昂輝の耳たぶを甘く噛む。
それに応えるように昂輝が短く声をあげ、衛は昂輝を腕の囲いに捉えると、何も口に出さず、右手を動かした。

「…っ、あ、あ。衛。」

途切れ途切れに上がる声を聴きながら、衛はそれでも昂輝の花芯への愛撫をゆるめない。
――もっと感じて、俺だけを見てて。
追い詰めた昂輝の表情をまじまじと見つめ、上気した頬の赤さを愛しいと想う心は、紛れもなく衛にとっては愛だった。
この人のことを大切にしたい。守りたい。いつまでもそばに居たい。と、そう感じる気持ちは時に足枷のように自由を奪う。
でも、その奪われた『自由』のなかにある途方もない孤独と隠しきれない寂寥は、昂輝にそれを奪われることで解放された。

「コウくん、感じてる…?」

耳もとで囁いて聴くまでもなく、衛の手のひらはしっとりと濡れていて、手の中のものはびくびくと震えている。
昂輝はそれを隠そうとするかのように衛の身体にしがみつくと、「も、出る…。」と消えてしまいそうな声で呟いた。

「どうして欲しいか、言える?」
「……っ。…ぅ。」

頬の色をさっきよりもずっと朱い色に染めた昂輝の目が、衛の暴くような視線から逸らされる。
それを口では責めることなく、衛はただ昂輝自身を可愛がっていた指先の速度をゆるめることで責めた。
――こんなやり方は意地が悪いかもしれないけど。
昂輝からもっと求められたいという我儘な気持ちは、時に言の葉さえ甘苦しい凶器に変える。
衛は汗に濡れた昂輝の髪をひとすくい指先に絡め取って、そこに優しく口づけた。

「昂輝。教えて…?」

いつもの呼び方をやめ、あえて昂輝と下の名前で呼べば、昂輝は目を見開いて衛を見つめる。
それを合図に衛が昂輝を再び腕のなかにおさめ、ゆるめていた手を早めると、昂輝はますます追い詰められたように啼いた。

「…っ、衛。衛が、ほし…っ。」
「どこに…?」
「うっ、後ろ……。いつも衛が、気持ちよくさせてくれる、ところ…に。」

途切れ途切れに出された声に、衛は深い笑みを零して、昂輝のくちびるに口づける。

「それじゃ、一回出してからにしよっか。」

わざと焦らす物言いをする衛の首にしがみついた昂輝が、素直に頷きを繰り返すのを見て、衛は昂輝の首筋をぺろりと舐めた。

「んっ…ぅ。衛…衛。」

足を開いて、無防備な仕草で喘ぐ昂輝は、感じやすい衛の心をどこまでも深い悦楽の淵へ誘う。
衛がすがりつく昂輝をベッドに押し付けて、胸に口づけながら昂輝を追い上げると、昂輝はあっという間に高みに登った。

「っ…あ。あ…あ。まもる、まもるっ…!!!」

離れたがらない腕を彷徨わせた昂輝を抱きしめた瞬間、手の中で熟しきった昂輝の花芯がどくりと蜜を吐き出す。
自分の耳もとで、果てるときの声を聴かせる昂輝は、歌をうたう時よりも艶がかった、掠れた声が甘かった。

「…っ。その声、めちゃくちゃ好きだよ。コウくん。」
「…ん。う……ん。う…。」
「今すぐ、入れたくなる。」

半分夢うつつで、言葉の意味も分かっていなさそうな昂輝の髪に、衛は気持ちを伝えるキスをしてそっと後ろに触れる。
指先にはさっき昂輝が吐き出した潤滑液を纏わせ、衛は昂輝の秘められた場所の淵を優しくなぞった。

「っ…あ。」

びくりと震えた身体に飾られたあえかな声が、炎のように揺れる衛の欲望にも火をつける。
ゆるゆると後ろをなぞるだけだった指先が、明らかな目的を持って昂輝の身体に出入りを始めると、昂輝は何度も息をつめた。
衛も合わせるように息をつめながら、最初は一本だった指を、二本に増やし、やがて三本に増やす。
丁寧にじっくり昂輝の中を探っていくと、そこにある温かさは触ることのできない昂輝の心の温度に似ている気がした。
もちろん、それはいつも昂輝が衛を見つめる眼差しや、衛の存在ごと抱きしめるような愛情の深さでも触れているけれど、もし『心』が現実に見えるものだったとしたら、きっと触れた時、この身体と同じ温度がするのだろうと想う。
だから昂輝が他の誰にも許さない場所に触れて、自分のものにしていくとき、衛の心はその温度をもっと高めて、自分だけに反応する熱に変えてしまいたいとも想っていた。
――こんな独占欲の強い俺を、君はどう想う?
聴けない問いを身体に問うように、衛は指をバラバラに動かして、昂輝の弱みに何度となく触れていく。
その度に自分を求める昂輝の声が聴こえてきて、衛の胸には願いに煽られた希望と甘い痛みだけが残った。

「もっと…もっと…昂輝。もっと奥まで触れさせて。」

砂時計のように零れ落ちた声を取り落とさないように、昂輝が衛のくちびるを求める。
そのあまりに優しくて激しい仕草に、衛は堪え切れず、昂輝のなかで動かしつづけていた指を引きぬいた。

「コウくん。大好き。」

ぎゅっと死ぬほど強く抱きしめてから、衛は昂輝の入り口にそっと自分の欲望を宛がう。
たったそれだけのことで、昂輝のそこは衛の侵入を待ちわびていたかのように、せわしなく蠢いた。
急に心音が跳ねあがって、体温が上昇する。
衛は昂輝から身体ごと求められている幸せを噛みしめながら、ぐっとそこに力を込めて昂輝の中に入りこんだ。
ゆるゆると腰を動かす衛自身を抱きしめるように、柔らかく蕩けた粘膜が吸いつき、もっと奥へと誘い込む動きを見せる。
この貪欲な動きは昼間の昂輝からは想像もできないほどエロティックで、いつも衛の理性を焼き切るほどに追い詰めた。

「コウくん…。」
「まも、る…。」

名前を呼びあいながら、どんどん境界のなくなっていくふたりの間で、衛の腰つきが大胆さを増していく。
それに合わせて昂輝の腰づかいも衛を離したくないと語る仕草で動き、衛を飲みこんでいった。
何度もつくつくと突いて、昂輝の中を刺激していく。
そこから漏れ出る水音ですら、衛の心の中で激しい音となり、竪琴の奏でのように流れていった。

「コウくん。きもち、いい…?」
「…っ。ん…っ。きもち、い。」

目を閉じて衛の動きに翻弄されながら喉を逸らす昂輝を見つめ、衛はようやく自身のすべてを昂輝の中におさめきる。
それでも腰の動きだけは止まらなくて、衛は昂輝の好きな奥と弱みを擦るように突いた。

「昂輝…昂輝…。」
「…っ。まもる…っ…うっ…あっ。」

手をついた衛の腕を握りしめ、昂輝があげる声を、啄ばむキスで奪い取っていく。
ほんのちょっとだけ弱めた腰の動きに昂輝が目を開けた瞬間、衛は昂輝の胸を吸って、軽く噛みついた。
途端に昂輝から高い声が上がって、衛の腕をつかんだ指先の力が強くなり、腕に爪痕がつく。
この些細な痛みですら今夜、衛と昂輝が愛し合った証になるのなら、衛にはこれ以上嬉しいことはなかった。
高まる熱情と同時に激しさを増した腰の動きに、昂輝の中がきゅっと収縮して、衛に限界が近いことを伝える。
衛は昂輝の好きな場所を念入りに刺激し、夢中で昂輝の顔中にキスの雨を降らせた。
――この人とともに居れたなら、俺はこの人の手を取って、どこへでも行ける。
膨れ上がった自分の願いを受け入れてとねだるように、何度かきつく突きあげたあと、衛は昂輝の左手をぎゅっと握った。

「昂輝…愛してる……っ。」

劣情で掠れた声を昂輝の耳もとに聴かせ、ピアスのついた耳たぶを食みながら、衛が最後の時を迎える。
昂輝も中に広がった衛の愛情の証を浴びながら、衛の手を強く握って、最後の時を迎えた。
なにも考えられないくらい、頭が真っ白になる。
そして時が戻ってきた瞬間に、衛の頭のなかには昂輝の綺麗な指が一音だけ響かせるピアノの音が浮かんだ。

「コウくん。」
「衛…。」

少しぼんやりした眼差しで、目尻に涙を浮かべながら、昂輝が衛を見つめる。
その耳もとには紫色に光る水晶が煌めいて、衛の想いを多面に輝く内側に反射させていた。

「コウくん。好き。本当に好きだよ。」
「…ああ。俺も、衛が……衛だけが、好きだ。」

いつもと変わらない強さで返ってきた言葉を胸に、衛は昂輝の身体を自分の身体ですっぽりと包みこむ。
激しい情事のあとの些細な触れ合いは、すぐに情熱の熾火を焚きつけるけれど――。

「これ、俺だと想って、ずっとつけててね。」

腕枕をした昂輝の耳に触りながら、衛が柔らかく微笑めば、昂輝は「ああ。」と口にして衛の胸に頬を寄せた。

『Tale of Amethyst』

ここから始まる紫の物語は、紡いできた愛の色を閉じ込めて、永遠に光輝く音となる――。